四月文楽公演。やっとこさ菅原伝授手習鑑。

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四月文楽公演のおハナシ、ダラダラ続いております。このハナシの長い所が、どんどん遅れて行く原因なのですがね…まあ。

そういえばあちこちの劇場、素晴らしい緞帳がいっぱいありますねぇ。東京の歌舞伎座に初めて行った時、入れ替わり立ち替わり緞帳のお披露目アナウンス付きがあるのにびっくりしましたけど。
前回アップした松の緞帳も素敵でしたが、こちらの緞帳も華やかでいいなぁ…こんな帯欲しいわ。

花びらや紅葉の立体感が素晴らしいのです♪

それはさておき。いよいよメインの菅原伝授手習鑑です。

たいそう長くなってしまうので、あらすじ他詳細はぜひ文化デジタルライブラリーの菅原伝授手習鑑のページで!
先の「イヤホンガイドのサイト」と共に、たいそうわかりやすく便利なサイト。観終わった後で「あれってどういうことだったんだろう…??」なんて思ったとき、ものすごく便利に一発解決!

さて、この菅原伝授手習鑑は、かの菅原道真公の伝説を元にした物語なのですが、今回はその中から

茶筅酒の段
喧嘩の段
訴訟の段
桜丸切腹の段
寺入りの段
襲名披露狂言
寺子屋の段

と、結構なボリュームです。間に襲名口上を挟むので、時間的にもかなり長い。
が、けっこうドラマティックな内容なので眠くなることなく(ここ、私的には結構重要ね)、最後までお目目ぱっちりと堪能しましたわ。

これは大筋とは全く関係のない感想なのですが、茶筅酒の段で、メインの登場人物である梅王丸、松王丸、桜丸のそれぞれの妻が登場するのですね。

三人の妻達は姑の古希の御祝いのお膳の用意をするのですが、兄二人の妻は落ち着いていて手際がよい。三男の妻は年若く初々しく、その分お料理がド下手w 大根を刻むも、すぱっと吹っ飛ばしてしまうほど下手。(生のホントの大根が登場して、実際にぶった切る!!)
その三人の妻の人形が着ている着物。

三人とも同じひわ色の地味目な着物(すそ模様がそれぞれの夫の名前の柄)なのですが、三男の妻だけお袖が長い!半衿は赤く、だらりの帯も赤で胸高に。髪も高く結い上げ髪飾りも大振りで華やか。
兄二人の妻は、半衿は水色や藤色、帯も地味な色で低く結んでいる。髪は小さく低くまとめている。
同じ色の着物でもそうするとすごく印象が違って、若々しかったり落ち着いて見えたり。おー!こういう着こなしのコツって面白いわ!!今度私もいろいろやってみよう!などと、あらすじと全く違うところばかり見てしまってましたわ。

さらに大筋とは全く関係のない感想です。

その後、喧嘩の段で梅王丸、松王丸が登場。まあ松王丸は親からもえらい言われようなのですが、この松王丸に使われるかしらが「文七」という、悲劇の主人公に用いられるもの。これがカッコいいんですわ〜〜〜〜!
9頭身くらいあるんちゃうか!?ってくらい頭小さく骨格がっしり、手足が長い。うーん、めっちゃ好みのタイプだ。二次元どころか人形萠か!?>自分
喧嘩の段の松の襦袢姿もいいな!寺子屋の段、裾綿たっぷりの「松に雪持」の豪華な衣裳はもうひたすらカッコいい!白喪服も凛々しいし…と、もう本筋そっちのけでまるでアイドルを観るかのように,目をハートにして観てしまった菅原伝授手習鑑でしたわ。

まあ、内容についての感想を言うと。

なんというのでしょう、「身分の差」とか「主君に仕える」「ご恩に報いる」、そのために自分の命をも惜しまない桜丸や、息子の首を差し出す松王丸とその妻などなど「当時の人はそういう価値感だから」と丸々受け入れて共感できるかっていうと、それは至難の業ではあります。
「そうまでしなアカン恩義ってなんなん!?」「いやいや、息子殺してもってどうよ!?」などと現代の価値感で考えてしまうとキリがない。

以前の、薫樹累物語伊勢音頭恋寝刃の時にも「おいおい、ちょっと待てよ!!」と突っ込みたくなることしばしば。

そんな時にふと思い出すのが、ちょっと前の漫画かな?槇村さとるの「Do Da Dancin’」という漫画のセリフ。
漫画自体はクラシックバレエを題材にした漫画なのですがその中で確かこんなシーンがあったんですよ。主人公が「個性の表現」について悩むシーンなのですが、(このヒトの漫画は主人公が悩みすぎではある…「愛のアランフェス」もよう泣いてはった。懐かしい…)結構根性ワルのパートナー役がそれについて答えるシーン。もううろ覚えですが…

一見アホみたいな王子(ジゼルの話だった。確かに王子はアホだ)でもそのキャラクターを咀嚼して想像したり洞察したりして自分との違うところとと同じところを探ってそのキャラクターに近づいていく

その過程で自分の想像力や感受性や生き方が問われる
そうすることによって、隠れていた自分を知ったり、自分でもわからなかった個性が出てきたりする

役の中に自分なりの真実を見つけて本物の感情を乗せた時に、時代や人種を超えて人を感動させることができる

みたいな感じ。テキトー。
まあ、作者さんが言いたかったことと私の捉え方は全く違うと思うのですが、このセリフを(すでに私の頭の中で変容しているけれど)、いろんな局面でしばしば思い出すのです。

多分、菅原道真公の平安時代の価値感とも、文楽の脚本の描かれた江戸時代の価値感とも全く違う現代の自分の価値感だけれど、主君がとかお家だとかそういうパーツパーツは削ぎ落として削ぎ落としていくと、なんででしょうね、松王丸と奥さんの悲しみが身に沁みて感じられたり、なんやらかなりヒドい人間な源蔵夫婦の考えが、共感はできなくてもそんなこともあるかもしれないくらいには思えたりしてきましたわ。

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帰りにロビーで。
ロビーに飾られていたのは義経千本桜 道行初音旅の段の静御前。
真っ赤な地に桜の柄の華やかな衣装。髪飾りも打掛も帯も華やか!

お姫様のごとき衣装ながらお袖が長くない…のは、前出のデジタルライブラリーによると「静御前はお姫様ではなく愛妾なので」大振袖ではなく中振袖なのだそう。

さて、このあとは宴会へと向かいます♪そこでお会いするのは…続く!

 

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