京都・時代祭 〜平安婦人列その2

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※しばらくキモノ関係日記が続いて
 食べ歩き日記がなさそうなので(ダイエット中…)
 ブログ村の登録を、着物・和装だけに変えました。
 またそのうち、食べ歩き日記が増えてきたら
 また登録を分散させる予定です。
今までの時代祭日記はこちら
中世婦人列>
城南流鏑馬(やぶさめ)列>
平安婦人列>
一体いつまで時代祭のこと書いてんねん!状態ですが、
せっかく写真いっぱい撮ったんだもん!
見てたら、装束のコトとか気になって調べたいんだもん!
てなもんで、ちびちびと書き続けてます。



さて,平安婦人列続き。
平安時代の装束と言われれば、
ついつい頭には十二単あたりが浮かんでしまうんだけど、
平安時代って長いもので、794年〜1192年と390年間もあるわけだから、
巴御前から小野小町まで、装束のバリエーションがとっても豊富。
で、この小野小町。
とっても奈良時代風、というか唐風。
「平安初期の女官の礼服姿」だとか、
「当時の神像を参照して作られた」などという説明があった。
生没年不詳だけど、平安初期のころらしい(架空の人物説もある?)から
まだこんな衣装だったのか?
えー、でも私の百人一首の絵は十二単だったわー(-” -)
(小学校のころ百人一首に夢中やったわので、そのイメージが抜けない!)
と思ったら,こんなサイトが。
風俗博物館 平安初期女官朝服>
興味深い。



紀貫之の女(むすめ)。
紀貫之といえば「人はいさ心も知らずふるさとは…」。
子供のころは「かにのにおい」と呼んでました(^^;;
センスのなさが分かるわ…orz
しかし父親の名前に「女(むすめ)」とだけつけて呼ばれるってのも
現代から考えるとやなもんやわ。
紀内侍って呼び方もあるらしいけど、
これだって名字+役職やし。
まあ「なんとかちゃんママ」みたいな呼び名かしら。
アレもあんまりピンとこない。話脱線。
で、むすめさんは、
当時の袿(うちぎ)に単小袖(ひとえこそで)、
濃紅の切袴(きりばかま)。
外出の際には、袿を腰でたくし上げて帯で固定してきているとのことで
シルエットがモコモコしてなんだかカワイイ。
鶯宿梅(おうしゅくばい)の故事にちなんで、
手には梅の枝を持っているとのこと。
鶯宿梅(おうしゅくばい)の故事ってこんなハナシ>
緋色に萌黄に,紫。
こんな色合わせ、自分ではようせえへんわ…でもキレイ。

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そして平安時代の女性と言えば、
やっぱりメジャーなのは…



清少納言と



紫式部かな。
2人の衣装がちょっと違う。
清少納言のは略装で
紫式部のは正装なんだとか。
風俗博物館 公家女房晴れの装い>



清少納言の後姿。
あ!確かに一番上に着ている、唐衣の丈が短い!
紫式部の唐衣は長いみたい。
でもこのあたりの詳細はまだ見つからない…。
唐衣の後ろより前が長くなったのは室町時代?
もうちょっと調べてみようっと。

時代祭ネタ、まだもうちょっと続きます♪
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